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世界経済史における3大「バブル」とは?

2017年08月22日

世界経済史における3大「バブル」とは?


 昨年末頃から本誌は「今年(2017年)はバブル元年」と書いてきました。実際にはそのころに想定した「バブル」のイメージとはかなり違ってきていますが、最近は「バブル」に関する書物もたくさん出ており「バブル待望論」もあるようです。

 近々メルマガ「闇株新聞 プレミアム」で、本誌の考える「バブル論」を書くつもりですが、とりあえず本日はそのウォーミング・アップです。

 表題の3大「バブル」とは「チューリップバブル」「南海泡沫バブル」「ミシシッピバブル」のことです。古すぎて参考にならないと思われるかもしれませんが、「バブル」を生み出す人間の心理(欲望)はそれほど変わるものではありません。

 「チューリップバブル」とは1636~37年のオランダで発生し、突然に弾けてしまった「世界最古のバブル」です。当時のオランダは1568年に始まったハプスブルク家のスペイン王国からの独立戦争にほぼ勝利した時期で(正式の独立は1648年)、もともとこの地方は毛織物を中心に産業が発達しており国民は比較的裕福でした。

 ちょうどそんな頃、オスマントルコからチューリップが持ち込まれ、たちまちブームになりました。今でもそうですがオランダの土地はチューリップ栽培に適しており、ほぼ独立を勝ち取って「浮かれていた」オランダ国民の間では、きれいなチューリップを自宅の庭に植えることが大流行となり、だんだん高値で取り引きされるようになりました。

 チューリップは、たまに突然変異で大変きれいな花が咲くことがあります。その球根は「とんでもない高値」で取り引きされるわけですが、実際には咲いてみないとわかりません。そこで突然変異を求めてチューリップの球根すべてが高値となり、投機の対象になっていきました。

 そのうちまだ球根にもなっていないチューリップが何度も先物取引で転売され、しかもその取り引きは頭金なしの約束手形のようなもので決済されたため歯止めがかからず、1637年初めには品種によっては球根1個の値段が当時のオランダ人の年収の30~60倍にもなっていました。オランダ国民はみんな仕事そっちのけで朝から居酒屋に集まり、チューリップの先物取引に没頭していました。

 そしてきっかけはよくわかりませんが、チューリップ価格は1637年2月3日に突然弾け、あっという間に数十分の1になってしまいました。決済できない約束手形が「山ほど」出てきたため、オランダ政府は1638年5月に「合意価格の3.5%で先物契約を破棄できる」と宣言して、ようやく落ち着きました。

 「南海泡沫バブル」とは、1711年に英国の財政危機を救うために当時の大蔵卿だったロバート・ハーレーの発案で設立された南海会社(The South Sea Company)が発端です。

 そもそもの発想は、南海会社が国の債務の一部を引き受け、スペイン領西インド諸島との奴隷貿易の独占権を得てその収益で債務を弁済するというものでした。今でいう国営事業を民営化して財政赤字を減らすというものです。

 ところがその目論見はスペインとの関係悪化で頓挫してしまいます。そこで苦し紛れに考え出したアイデアは、南海会社が国の負債を引き受けてそれに見合う新株を発行するというものでした。これは今でいうデッド・エクイティ・スワップですが、南海会社は何とその権利を中央銀行であるイングランド銀行との入札競争に勝って獲得しています。

 ところが南海会社の本来の「事業」であった奴隷貿易はとっくに頓挫しているため、新株を発行しても収益源がありません。そこで新株の発行価格を水増しして負債(引き受けた国の負債)との差額を利益に計上し、それで見せかけの利益を積み上げてさらに新株の発行価格を水増しすることにしました。

 典型的な不正経理ですが、なんとその新株が空前の投資ブームを呼び、南海会社の株価はあっという間に数十倍になり、さらに購入希望者が押し寄せました。

 当時の英国では会社設立は許可制でしたが、南海会社の「成功」を見て多数の無許可会社が同じような新株発行に走ったため、英国政府は1720年6月に「泡沫会社規制法」を制定して騒ぎが収まったものの、南海会社だけでなくすべての株価も暴落してしまいました。

 当時は国会議員や王室関係者まで南海株式を賄賂として受け取っていたため、結局南海会社の責任追及はうやむやになってしまいました。しかしこの「南海泡沫事件」をきっかけに株式会社の会計監査が始まり現在に至ります。

 最後の「ミシシッピバブル」とは、英国の「南海泡沫バブル」とほとんど同時期のフランスで発生したものです。当時のフランスはルイ14世の絶対王朝の時代でしたが、その浪費ぶりは半端なものではなく、国家財政はとっくに破綻していました。

 当時のフランスは北米のミシシッピ川流域に広大な植民地を所有していたため、それに目を付けたスコットランド人実業家(ペテン師?)のジョン・ローが1717年にインド会社(ミシシッピ会社)を設立してフランス政府の負債を引き受け、見返りに北米ルイジアナ植民地とミシシッピ流域の植民地との貿易独占権、さらにはスペイン領西インド諸島との奴隷貿易独占権も獲得しました。

 ここでもインド会社(ミシシッピ会社)の株価は数十倍にもなり新株発行を繰り返しますが、肝心の事業は全く収益化せず1721年に破綻してしまいました。

 ここまでなら南海会社と同じですが、そのきっかけはもう少し複雑で、ジョン・ローはルイ15世を焚きつけて王立銀行を設立し、国民から金貨を預かり紙幣を発行する権利を獲得していました。

 要するに金貨を紙切れに交換していただけですが、金貨は度々の改鋳で目減りしていたため、何と王立銀行(といってもルイ15世とジョン・ローの個人銀行です)の発行する「紙幣」の方が金貨より割高に流通していました。

 そこでつい預かっていた金貨を上回る紙幣を発行するようになり、そこでもあえなく破綻してしまいました。インド会社(ミシシッピ会社)はその損失を穴埋めするために始めたようです。

 ただジョン・ローが解任された後もインド会社は存続し、新たにタバコやコーヒーの専売権を獲得して1790年には負債を弁済しています。まあ負債の大半はインフレで消えていたはずです。

 まあこれが現在の「バブル」とくにビットコインなど仮想通貨に似ているというつもりはありませんが、世界では17~8世紀には立派な「バブル」が存在していたわけです。


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■闇株的見方 » 経済 | 2017.08.22
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