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野村証券「社長」の話  その2

2011年02月04日

野村証券「社長」の話  その2

 昨日の続きです。
 2003年4月に氏家純一は、社長を古賀信行に譲り会長になりました。古賀は東大法学部卒で、その経歴のほとんどが企画(MOF担が長かった)や人事部門でした。
 もちろん営業現場は見たこともないはずで、証券業界でも知名度はほとんどありませんでしたが、温厚な性格でもあり、巨大化した組織をまとめるのには適任かもしれないと、概ね営業現場からも歓迎されたようです。

 ところが、営業の最高責任者に全く営業経験のない専務の渡部賢一が就いて見当外れの指示を飛ばすなど、営業現場の受難は続きました。

 そこへ、2008年4月に突然古賀が退任し、その渡部賢一が社長に就任しました。氏家が会長に居残っているため、単なる古賀外しでした。
 別に古賀に目立った失政もなく(氏家には数多くありましたが、今も会長です)、渡部は古賀の僅か1年後輩で、古賀と同じように企画部門が長いなど、およそ平時の社長交代としては異常なものでした。現場から全く離れたところで起こった密室のクーデターだったのでしょう。

 その渡部になってから野村証券は、2009年3月期に約7000億円の巨額赤字決算を出し、2009年3月と同10月に合わせて15億5000万株の公募増資を行い(直前の発行済み株数は21億株だった)、合計7400億円を株式市場からかき集めるなど、およそ誉められない経営を続けているのです。

 その渡部が、就任直後に大号令をかけて行ったのが、破綻したリーマンブラザースのアジア・中東部門の買収でした。これで一気に8500人も高給を保証して抱えることになったのでした。
 リーマンブラザースの破綻の原因の大半が、ディック・ファルドCEOの驚くべき側近政治と危機管理の欠如にあり、社員の質は相対的にウォール・ストリートでも低くなかったのですが、引き取ったのが全く実績未知数のアジア・中東、そして欧州の一部の「人」だけだったのです。

 さらに渡部は、ホールセール部門の日本人社員まで、リーマンの報酬体系に変えてしまったのです。

 これは非常に危険な兆候です。

 確かにGoldman Sachs とか Morgan Stanleyなど生き残った投資銀行は、現場を知り尽くしたプロが部門長や全体のトップにおり、常に目を光らせているものなのです。

 (正確に言えば、リーマンショック時に、この2社は銀行持ち株会社になり、Merrill LynchがBank of America に吸収され、Lehman Brothersは破綻し、Bear Sternsは少し前にJP Morganに吸収されていたため、投資銀行は全て姿を消しているのです)

 渡部は、国内の営業はおろか、海外部門も、商品部門(株式本部とか債券本部とか)の経験が全くありません。また、こういう社長の常として必ず側近政治をするため、各部門長にもプロがいるように思えません。
 つまり、収益連動型の報酬体系で、トップを含む経営陣がその業務を理解していないと、必ず問題が起きるものなのです。特に氏家以降、野村証券は海外では巨額損失の経験しかありません。これは海外で巨額報酬を狙って「いちかばちか」の危険なビジネスをするのを、トップが理解できないで見逃してしまうケースがほとんどなのです。さらに、日本人のホールセール部門まで同じ報酬体系にしてしまったため、日本の業務でも起こりうるようになったのです。

 ついでですが、渡部社長の2010年3月期の報酬が2億9900万円であったと、ひっそりと発表されていました。また海外担当の柴田副社長の報酬も2億5200万円と、この2人が役員の中でも突出しています。野村証券の2010年3月期の連結最終利益は700億円弱と決して誉められたものでもなく、また海外部門で利益が出ているわけでもありません。
 まあ、収益連動の報酬体系を自ら率先しているということなんでしょうが、これでは営業現場の士気に影響すると思います。

 それでも渡部は、「海外で稼ぐ」、「海外で一流になる」を言い続けています。繰り返しますが渡部は海外部門も商品部門も全く経験がなく、現場の意見を広く聞き集めた結果でもなく、単に自らの功積を「いちかばちか」これに賭けているだけなのです。

 この姿をみて、メリル・リンチの前CEOのスタンレー・オニールに非常に似ていると思いました。オニールは2002年にネットバブル崩壊や9.11同時多発テロなどで業績が下降したメリルのCEOになりました。要するにコストカットや業務再編の能力を期待されたわけで、米国主要500社の2番目の黒人CEOでした。(1番目はファニー・メイのダニエル・マッドCEO。これも公的管理下に入っています)

 ところが、米国経済が回復し業績が上向き始めると、自分もメリルの業績をもっとあげて長期政権にしようと思ったのか、当時他社の収益業務であった不動産証券化業務にのめり込んでいきます(もちろんサブプライムローン関連も含まれています)。それまでのメリルは多数のセールスマンを使った営業中心の会社でしたが、オニールは自分の特色を出そうとしたのでした。
 オニールはこの不動産証券業務でも全くの素人でした。まさに素人のトップが大号令をかけ、収益連動型の報酬体系で人材をかき集めて突っ走ったのでした。
 その結果、2007年10月に、年間4兆円の損失を出し、栄えあるサブプライム問題の引責辞任の第1号となりました。メリルがバンカメに身売りするのは2008年8月です。

 ところが、オニールは退任時に米国でも歴代5位に当たる1億6100万ドル(当時のレートで172億円)の巨額退職金をせしめていったのでした。解任でなく辞任で頑張ったので
巨額の退職金を得ることが出来たのですが、その粘り腰を経営に生かしてほしかったと思います。

 さらに言うと、オニールは退任直前に密かにワコビア銀行に身売りの話しを持ちかけていたようです。なんでも会社が身売りされて職を失った時は、退職金が6割増しになる(つまり280億円ほどになる)からだったようですが、さすがに取締役会で大反対されたようです。

 野村証券の渡部現社長は、オニールのような巨額退職金規定を密かに作っているかどうかは知りませんが、なんとなくオニールにひっぱられて身売りしてしまったメリルの姿が見えるような気がします。

 2回にわたって戦後の野村証券の「社長」について書きました。当たり前のことなのですが、会社は「社長」によって良くもなり悪くもなるものなのです。その「社長」がだれでも納得できる正当な競争でなく、密室で決まるようになると、日本の政治のようにダメになるのです。

平成23年2月4日

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