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三菱UFJモルガン・スタンレー証券の巨額損失の裏側  その2

2011年04月26日

三菱UFJモルガン・スタンレー証券の巨額損失の裏側  その2

 昨日の続きで、いよいよモルガン・スタンレーとの交渉経緯です。
 まず、三菱UFJフィナンシャルグループの発表した3枚のIRを見てみましょう。

1)2008年(平成20年)9月22日付けの「モルガン・スタンレーへの出資について」で、10~20%の普通株を取得し、1名の取締役を派遣することに合意したと発表しています。

2)2008年9月29日付けで「戦略的資本提携について最終合意」したと発表しています。
 内訳は30億ドルの普通株式(25.25ドル)と60億ドルの転換権付き永久優先株式(転換価格31.25ドル)の計90億ドルで、モルガン・スタンレーの議決権の21%を取得するとなっています。やはり取締役1名を派遣する権利を有すると付け加えられています。

3)そして同年10月13日付けで「出資を実行」したと発表しています。
 内訳が多少変更になり、普通株は無くなり78億ドルの転換権付き永久優先株式(利率10%。転換価格25.25ドル)と12億ドルの償還型優先株式(利率10%。償還価格110)とやや有利になっています。もちろん取締役1名の派遣についても繰り返されています。

 ところがこの間、米国金融市場はとんでもない危機に襲われており、モルガン・スタンレーもまさに危機だったのです。

 同年9月15日に、リーマンブラザースが破綻しました。同日、メリル・リンチもバンクオブアメリカに身売りしました。また世界一安全な金融機関であったはずのAIGも倒産の危機に瀕していました。

 当時の米国でかろうじて体力を残していたJPモルガンは、すでに春先にベアー・スターンズを買収しており、ウエルス・ファーゴは証券業務に興味を示さずワコビアを狙っており、バンクオブアメリカは土壇場でメリル・リンチに乗り換えてしまったため、リーマンを引き受ける先が本当になくなってしまったのです。

 最後の頼りは英国バークレーズ銀行だったのですが、英国証券取引法では株主総会の承認がいることが土壇場で分かり、これも流れてしまい万策尽きたのです。

 翌9月16日には、市場ではリーマンの次はモルガン・スタンレーだとされ、株価が28ドル台に急落し、Credit Default Spreadが何と倒産前のリーマンを上回る水準にまで跳ね上がっていたのです。

 9月18日、モルガン・スタンレーの株価は22ドル台へ下落、市場はモルガン・スタンレーがつぶれたら、次は最強のゴールドマンで、いよいよ誰もいなくなってしまうと本気で心配していました。

 この時点で、モルガン・スタンレーのJohn Mack CEOの唯一の頼みの綱が、すでに9.9%出資している中国投資有限公司だったのですが結局不調に終わり、ここで初めて三菱UFJグループに打診したようです。状況から考えるとじっくりと強気で臨めば好条件を引き出せるはずでした。丸ごとの買収だって出来たと思います。

 ところが9月22日は早くも「出資に合意」し、9月29日には具体的な「資本提携合意」のIRが出ます。日本の金融機関としては異例の迅速さで決定されたことになりますが、一体何を焦っていたのでしょうか?

 しかも同じ日の9月29日に金融安定化(TARF)法案が下院で否決され、ダウ平均が778ドル(7%)安と1日の下げ幅としては過去最大を記録したのです。1日で1兆ドルを超える時価総額が吹き飛んだのです。モルガン・スタンレーの株価も20ドルを割り込みました。

 モルガン・スタンレーの株価はその後も下落を続け、10月10日には9.68ドルまで下落していました。9月29日に25.25ドルの普通株と31.25ドルの転換価格の優先株を引き受けることをあわてて合意してしまっているのです。

 この辺から、さすがに不安になった米国政府(財務省)側の工作が始まります。これは当時の財務長官のヘンリー・ポールソンの「ポールソン回顧録」にはっきり出てきます。

 まず、10月11日のG7でワシントンに来ていた中川昭一財務大臣を、ポールソンが説得し、「注視しておく」という言質を引き出します。

 そして10月12日に、米国財務省のレターヘッドで書簡を日本財務省経由で三菱UFJに送ることにするのですが、これは海外の投資家を守ると言う一般論が書かれている曖昧なもので、モルガン・スタンレーの名前すら特定されていないものだったようです。
 しかし効果は抜群だったようで1時間で確答が来たそうです。 つまり米国財務省のレターヘッドだけで90億ドル引き出したのです。

 翌10月13日には、90億ドルの小切手がモルガン・スタンレー本社にわざわざ手渡しで届けられたそうです。つまり、何故か三菱UFJ側が焦っていたのです。他に取られるとでも思っていたのでしょうか? ちょっと考えても世界中に誰も買い手がいないことは明白だったのですが。
 確かに条件は若干改善されていたのですが、ここでもう一度条件交渉するなどはほとんど行われなかったようです。

 確かにこの出資は、投資としては一応成功したのですが、これは結果論であり、三菱UFJグループはその後2回にわたり1兆4000億円もの公募増資を行い、瀕死の日本株式市場から資金を吸い上げるのです。
 またこの間、貸し出しは減少を続けるのです。

 2日にかけて長々と書いてきたのは、今回の巨額損失も日本のメガバンクの証券業に対する未熟な取り組み方の結果だと言うことです。

平成23年4月26日

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■日本 » 日本の株式 | 2011.04.26
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三菱UFJモルガン・スタンレー証券の巨額損失の裏側  その1

2011年04月25日

三菱UFJモルガン・スタンレー証券の巨額損失の裏側  その1

 4月21日に三菱UFJモルガン・スタンレー証券が、金融商品の自己売買による約1000億円の損失を出し2011年3月期の決算が1450億円もの赤字になると発表しました。

 金融商品の損失については、為替・金利などを組みこんだ複雑な商品で、旧三菱UFJ証券時代からの自己ポジションが今年になって損失が膨らんだ、と説明されています。

 しかし、金融庁の厳しい自己資本規制に縛られている日本の証券会社が、長期にわたって巨額のポジションを維持できるとは考えられず、また基本的にリティルを手がける証券会社なので、そんな「複雑な」ポジションを持つ理由もありません。不正な簿外のポシションだったとか、あまり表に出したくない事情があるのでしょう。

 さらに、この損失を発表した翌22日に、親会社の三菱UFJフィナンシャルグループが、米国モルガン・スタンレー証券の議決権の22.4%を握り連結対象にすると発表しました。

 2008年10月に、金融危機に苦しむ米国モルガン・スタンレー証券に対し、三菱UFJフィナンシャルグループが90億ドル(当時の為替で約1兆円)もの優先株を引き受けていたのですが、そのうちの転換型優先株式78億ドルを普通株に転換したのです。

 この転換型優先株式は利率が10%で、転換価格が25.25ドルで、直近のモルガン・スタンレーの株価は26.5ドル程度です。
 三菱UFJフィナンシャルグループは、この転換で何故か理論値より2割ほど多い株を受け取るようで、値上がり益とあわせて2000億円ほどの利益が今期上がるようです。

 また、例の損失の出た金融商品をモルガン・スタンレーに引き取ってもらったため、モルガン・スタンレーの金利負担(年10%なので、7億8000万ドル)を軽減し、自己資本比率を引き上げるためとのコメントも出ているようです。

 まあ、金利負担を軽減したいモルガン・スタンレーと、利益の欲しい三菱UFJグループの思惑が一致したのでしょう。三菱UFJグループは、今後もモルガン・スタンレーの最終利益の20%が計上できることになります。

 ただ、銀行にこれから導入される新しい自己資本規制(バーゼルⅢ)では、銀行がほかの銀行に出資した場合、その分は自己資本から控除されるようになるはずなのですが(モルガン・スタンレーは200年9月に銀行持ち株会社になっています)、三菱UFJサイドはあまり気にしていないようです。

 ここで、今回の巨額損失について考えるに当たり、三菱UFJフィナンシャルグループの今までの国内と海外での証券戦略について振り返ってみる必要があります。はっきり言って未熟なのです。

 今回、巨額損失を出した三菱UFJモルガン・スタンレー証券は、2008年10月に三菱UFJフィナンシャルグループが米国モルガン・スタンレーの優先株を引き受けた後に、日本における両社の証券部門を統合する事を合意しており、それに沿って発足しました。

 2010年5月に三菱UFJ証券とモルガン・スタンレーの日本法人の投資銀行部門のみを統合させて発足したのが、今回巨額損失を出した三菱UFJモルガン・スタンレー証券で、出資比率は三菱UFJが60%、モルガン・スタンレーが40%でした。従って米国モルガン・スタンレーも今回の巨額損失の40%を計上しなければならず、減益になっています。

 同時に、モルガン・スタンレーの投資銀銀行部門を除く大半の部門(セールス&トレーディングや資本市場部)に三菱UFJのこれらの部門の精鋭(?)を加えて発足したのがモルガン・スタンレーMUFG証券で、議決権の51%をモルガン・スタンレーが持つのですが、実際の出資の60%は三菱UFJです。

 これだけ書いても、何でこういう分け方をしたのかなあ? と思います。
 そもそもリティル型の三菱UFJ証券はそのままにしておいて、ホールセールだけをモルガン・モルガンスタンレーと合弁にすればよかったのです。社員の引き抜きなど気にしないで、どんどん精鋭(いればですが)を合弁会社に送り込み、出資分の利益を連結で取り込むだけでよかったのです。

 今回、巨額損失を出した三菱UFJモルガン・スタンレー証券の母体の三菱UFJ証券の歴史をちょっとだけ振り返っておきましょう。

 まず、野村証券の系列(子会社ではありません)だった国際証券は、野村証券からの人材も多く高収益で、一時は野村証券より株価が高かったのです。1999年ころに日興証券がグループを離脱した東京三菱銀行が傘下に入れ、系列の東京三菱証券や一成証券等と合併させ2002年10月に三菱証券として発足しました。

 東京三菱銀行は2005年10月にUFJ銀行と合併したので、三菱証券もUFJつばさ証券(ユニバーサル証券・太平洋証券・第一証券・東和証券が合併)を合併し、三菱UFJ証券となったのです。

 つまり三菱UFJ証券は数多くの中堅以下の証券会社の寄せ集めに、主に三菱銀行からの出向社員が大量に混じって出来た証券会社で、とても戦略的な証券会社を作る方法とは言えませんでした。さらにモルガン・スタンレーとのシナジー効果も出るはずが無かったのです。

 明日は、三菱UFJフィナンシャルグループと米国モルガン・スタンレーの交渉経緯について書きます。

平成23年4月25日

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■日本 » 日本の株式 | 2011.04.25
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