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闇株新聞 フラッシュバック その2

2012年11月28日

闇株新聞 フラッシュバック その2


 本を出版する準備中のため、2週間ほどは闇株新聞の過去記事から「ぜひもう一度読んで頂きたい記事」を選んで掲載しています。

 本日は、やはり証券市場に大きな影響を与えたオリンパス事件に最初に切り込んだ記事です。不正確な外電をきっかけに大騒ぎになりそうだったので、大急ぎで書いたものです。


2011年10月24日付け  オリンパスの闇・第2幕

 本日は、先週末に史上最高値を更新した円について書こうと思っていたのですが、オリンパスのウッドフォード前社長の解任の原因ともなった不明朗な企業買収に関し、外電(ロイター)のスクープ記事が出たのですが、正直あまり正確な記事ではないため、私の理解していることを書くことにしました。

 ロイターのスクープ記事とは、オリンパスが2008年2月に英国の医療機器会社・ジャイラスを買収した際、約700億円もの「報酬」を、実態のわからない海外ペーパーカンパニーに支払った件で、この流れに「日系人でウォール街のバンカーだったサガワ氏」が関わっているという記事です。

 彼は日系人ではなく純粋の日本人の佐川肇(さがわはじめ)氏のことで、別に敏腕のバンカーだったわけでもなく単なる管理畑の人間です。従って、彼がすべてを仕組めたはずがありません。

 さて、オリンパス「事件」の背景について書いておきましょう。

 1990年代初めにバブルが弾けた時、多くの上場会社や機関投資家(生保・信託・銀行)は大きな財テクの「傷」を負っていました。

 ちょうど外資系証券が日本に次々上陸していた頃であり、数多くの「損失先送り」の案件が持ち込まれました。その当時は「コンプライアンス」なんて言葉もなかったのです。
 
 よく見られたのが、日経平均のプットオプションを大量に売ってそのプレミアムを債券の利息として決算時に受け取ってしまうもの(利息を受け取ってしまった後は、膨大な日経平均の下落リスクだけを抱えており、実際その後の下落で多額の損失が出た)や、米国財務証券を買ってクーポンだけを切り離して売却して「利息」として全額を計上して、後は利息を生まない元本だけを保有し続けるもの(ついでに言えば、信託銀行が損失の出ているファンドトラスト勘定に「利息」だけを入れて利益を出し、その後なんの収益も生まない「元本」を全く別の勘定に押し込んでしまう)など、多数あったのですがこのへんにしておきます。

 ただこういう案件の性格上、あまり「各社に引き合う」訳にもいかず、いきおい特定の外資系証券会社とだけ「密かに相談し」、結果膨大な収益を「むしりとられて」いたのですが、「むしった外資系証券名とその手口」や「むしられた日本の顧客名」などは、一切表に出ることはありませんでした。

 たしかに1990年代の終わり頃になると、プリンストン債事件(昨年12月8日付け「あの事件はどうなった? プリンストン事件の闇」に書いてあります)や、クレディスイス事件などが発覚するのですが、これらは明らかに詐欺話であったものや、いつまでも同じような案件をやり続けたから表に出ただけで、明らかな「大儲け」は1990年代の前半に終わっていたのです。

 ところが1つだけ、つい最近まで「財テク失敗」の後始末を「密かに」続けていた上場会社があったようです。それがオリンパスです。

 大半の上場会社は、「損失先送り」をしても「損失」が消えるわけではなく、普通無理な「先送り」を続けるためますます内容が悪くなり、結局必ず損失が表に出てしまうものです。しかしオリンパスは今まで一度も「損失」が表に出ていなかったのですが、その間の金融環境から、「損失」が巨額に膨れ上がっていたことは想像できます。

 内視鏡事業が好調で、「損失先送り」を続けていく体力があったのですが、逆に2008年にリーマンショックで多くの上場会社が巨額損失を出すのにまぎれて、ほとんど実体のない事業会社3社を合計700億円で買収して即償却したのと、今回のジャイラス買収に際して支払った700億円の「巨額報酬」で一気に「最終処理」したつもりだったのでしょう。

 バブル期の1980年代から延々と、トップ主導で、財務担当役員やごく一部の財務担当者の間でひそかに「処理」され続けてきたのです。その間の社長は下山氏、岸本氏、菊川氏の3名だけで、多分次は森久志・副社長に引き継がれるはずだったと思われます。

 従ってこれらの「損失先送り」などの処理も、ごく少数の「長い付き合い」の外部の人間にだけ相談されていたのです。それが野村証券の事業法人部でオリンパスを担当し、その後独立した横尾宜政氏と、メリルリンチやドレクセル・バーナムなどでオリンパスに深く入り込んでいたN氏です。

 N氏については、まだ実名がどこにも出でていないのでイニシャルにしますが、今回ロイターに名前の出た佐川肇氏の「上司」です。

 オリンパス事件は、今後どのような進展を見せるのか全く不明ですが、この背景を理解しておかないと全体を見誤るので、あえて書くことにしました。


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闇株新聞 フラッシュバック その1

2012年11月27日

闇株新聞 フラッシュバック その1

 昨日予告させて頂きましたように、約2週間は「闇株新聞」の過去記事から「ぜひもう一度読んで頂きたい記事」を掲載します。古い順でもなければテーマ別でもなく、思いつくままに選んでいます。

 本日は、結果的には大問題にならずほとんど議論もされなかったのですが、非常に重要な問題だったと思う記事です。


2011年1月19日 チュニジアの邦人救出議論で思い出すこと

 2011年1月14日、23年間にわたり独裁政治をしてきたチュニジアのベン・アリー大統領がサウジアラビアに脱出し、政権が転覆しました。独裁政治下において長年にわたる物価高騰・高失業率・政治腐敗に対する国民の不満が爆発したようです。

 チュニジアは、紀元前814年に海洋民族のフェニキア人によって建国されたカルタゴを起源とし、その後長い間イスラムに支配され、1881年にフランスの保護領となり、1956年に独立した国です。従っていろんな文化の影響を受けた観光資源が数多くあり、日本からも観光客が数多く訪れています。

 チュニジアを含む北アフリカに広く原住していたのがベルベル人です。大変美人が多いそうで、女優の沢尻エリカさんのお母さんがベルベル人です。

 さて、これから書くことは、金融市場に一切関係ないことですが、日本について是非考えてもらいたいと思って書くことにしました。

 政変発生時にチュニジアには約200人の在留邦人と、同じ位の数の観光客がいたようです。合計400人です。当然邦人救出の議論になったのですが、出てきた案は、チュニジアに定期便を飛ばしている外国の民間航空機をチャーターする案だけで、日本の民間航空を派遣するとか、自衛隊を派遣するとかの話は一切出ていません。

 政府専用機を派遣するという案も出たのですが、政府専用機は自衛隊員が運航するので、「戦闘地域に自衛隊を派遣すると戦争になる」という、昨年12月の社民党・福島党主の驚くべき発言に影響されてか、これも立ち消えになりました。

 幸いにも、観光客の脱出は始まったようですが、もし騒動が過激化すれば、当然外国の航空会社は自国の国民救出を優先するため、誰も日本人など助けてくれず、政府は邦人を危険地域に見捨てることになるのです。

 ここで、いやでも思い出される事件があります。その時も、日本政府、社会党(今の社民党)及び日本航空の議論が驚くほど似ているので、日本の危機管理能力は当時から全く進歩しておらず、改めて背筋が寒くなる思いをしました。

 その事件とは1985年3月12日、イラン・イラク戦争の最中にイラクのサダム・フセイン大統領が、一週間の猶予の後イラク上空を飛行する飛行機は軍用・民間を問わず撃ち落とすと一方的に宣言しました。当然各国は軍隊や民間機を使い自国民の脱出を図りました。米国などは民間のジャンボ機が協力してピストン輸送で米国民を救出しました。

 ところが、日本は今と全く同じで、日本航空は派遣を拒否し、政府は、当時は議員の数が多かった社会党に遠慮して自衛隊派遣に踏み切れず、唯一の方法が各国民間機に日本人を乗せてもらうように頼むことしかなかったのです。(つまり今回のチュニジアの邦人救出の議論は、25年前と全く同じなのです)

 ところが、当時は時間的余裕があまりにも少なく、各国とも自国民の救出に手いっぱいで、なかなか協力してくれず、とうとう時間切れ直前にもなって200人以上の邦人がとり残されたままで、まさに生命の危険にさらされたのです。

 そこへ、唯一救いの手を差し伸べてくれたのがトルコ政府でした。自国民の救出のために用意した最後のトルコ航空機に日本人215人全員を乗せてくれたのです。危険地帯を脱出した最後の民間機だったと言われており、まさに間一髪だったのです。しかも、そのせいで最後の飛行機に乗れず、陸路で脱出したトルコ人も数多くいたと言われています。

 1890年に和歌山県沖で座礁したトルコ海軍の軍艦フリゲートエルトゥールル号の船員救助の恩義を、忘れずにいてくれたからだと言われています。

 日本航空は、その後破綻し多額の国民負担を強いることになったのに、今回も救出機の派遣の議論すら出ず、わずか数名の国会議員しかいない中小政党の社民党に遠慮して自衛隊の派遣もできず(その前に沖縄の米軍移転すら出来ず)、この国は国民の安全より、それぞれのメンツが優先する国であるということになります。

 社会党と言えば、1995年1月17日の阪神・淡路大震災のとき、当時の首相だった村山富市党主が、自衛隊を認めていなかった社会党の政策を優先して、被災民救助のための自衛隊出動命令を出さず、早く出動すれば助かったかもしれない数多くの国民を見殺しにしたこともありました。

 1985年のとき、日本航空は組合が反対して派遣を拒否したと言われています。しかし、
何人かの機長が救出機への搭乗を志願していた事実だけはつけ加えておきます。そのうちの1人が、自衛隊出身で、その5ヶ月後に御巣鷹の尾根に墜落したジャンボ機を操縦していた高濱雅巳機長でした。

 今回のチュニジアの邦人救出は、結果的に大問題にならずに済むかもしれません。しかし、これを機会に日本の危機管理について是非国民的に考えてもらいたいと思うのですが、そのために不可欠のマスコミの対応は、あまりにもお粗末です。

 テレビ局は、先程の沢尻エリカさんを何時間もかけて追っかけている番組を垂れ流していますが、この問題の本質をついた報道はほとんどありませんでした。

 この国の病巣は深いのです。


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