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決断なき原爆投下 米大統領 71年目の真実

2016年08月10日

決断なき原爆投下 米大統領 71年目の真実


 昨日は更新をお休みしてしまいました。実は2010年に「闇株新聞」を書き始めておそらく初めて「書くテーマが絞れないため」のお休みでした。

 書きたかったテーマは「天皇陛下 生前退位を示唆」「イチロー選手の大リーグ3000本安打」それにこの「決断なき原爆投下」でした。

 順番に書けばいいではないか?と思われるかもしれませんが、そう割り切れるものでもなく、一晩考えて選んだのが本日のテーマです。あとの2つは書かないと思います。

 さてその本日の表題は、8月6日夜に放送されたNHKスペシャルの番組名です。もちろん8月6日は原爆が広島に投下された日で、本日(8月9日)は長崎に投下された日です。

 NHK取材班が米国で丹念に資料や録音テープを探し出し、浮かび上がった「真実」をまとめた秀作です。さすがに2016年度予算で5581億円という「世界最大の制作費」を使うNHKなので、たまには(本当にたまにですが)こういう番組も出てきます。

 以下は、この番組の内容に本誌の「知るところ」を加えたものです。また番組そのものはユーチューブにアップされていますので、削除されないうちにご覧になってください。

 真珠湾攻撃から10か月たった1942年10月、フランクリン・ルーズベルト大統領が核兵器開発プロジェクトを承認します。プロジェクトは「マンハッタン計画」と名づけられ、大規模なプラント計画に慣れている陸軍の担当となり、レズリー・グローブス准将が責任者に任命されました。

 ところで晩年のルーズベルト大統領は明らかに正常な判断力を欠いていました。ほぼ大戦の勝負がついた1945年2月にわざわざクリミア半島のヤルタまで出かけ(チャーチル首相と)、スターリンに「全く必要がなかった寛大な戦後の分け前」まで提供してしまい、この「マンハッタン計画」も至急実施可能とするように命令します。

 さらにルーズベルトは、「マンハッタン計画」にも関わっていた副大統領のヘンリー・ウォレスを更迭して、4選を果たした1944年11月の大統領選挙では全く無名で「小物」のハリー・トルーマンを副大統領に指名していました。

 そんなルーズベルト大統領が1945年4月12日に脳卒中で急死したため、「小物」のトルーマンが大統領に昇格してしまいました。「マンハッタン計画」も含めてルーズベルトが推進していた重要プロジェクトは、何ひとつ引き継がれていませんでした。

 そうはいっても米国大統領は米軍の最高司令官でもあるため、グローブス准将はさっそく極秘だった「マンハッタン計画」をトルーマン大統領に進講します。ところがトルーマンはあまり興味を示さず(NHKの放送ではそうなっています)、グローブスはそれで承認されたことにしてしまい投下予定地の選定に入ります。

 NHKの番組冒頭に、グローブスは22億ドル(当時)もかけたマンハッタン計画は誰にも(大統領にも)止められない、とうそぶく肉声が出てきます。

 グローブスは当初、京都に投下するつもりだったようですが、ホワイトハウス(スティムソン陸軍長官)に一般市民が犠牲になると却下されたため、今度は広島と代替地の小倉を「軍事都市で一般市民の犠牲は最小限」と虚偽の報告をトルーマンに行います。

 そして7月16日にニューメキシコ州・ロスアラモスでの実験成功をへて8月6日に広島への投下となるのですが、ここでトルーマンが原爆投下命令に署名していたかどうかが確認できません。だから「決断なき原爆投下」となるのです。

 原爆投下の一報を(たぶん事後報告を)移動中の大西洋上で聞いたトルーマンは、その時点でも広島を「軍事都市」と信じていたようですが、帰国して原爆投下直後の広島の写真を見せられてようやく「真実」を知ります。

 しかし(そこは小物でも大統領なので)、すぐに全米向けラジオ演説で「原爆投下は戦争を早期に終結させ、多数の米兵の命を救うためやむを得なかった」と即興で米国民に呼びかけました。これが今でも米国内で広く信じられています。

 ところがその演説直後に、これもトルーマンが事前に承認もせず知らされてもいなかったはずの2発目の原爆が長崎に投下され、そこで初めてトルーマンが原爆投下禁止令を出します。これも原爆投下が一般市民を多数犠牲にするからではなく、単に陸軍が自分の承認を得ず勝手に2発も投下したことに腹を立てただけと考えます。

 「確信犯」のレズリー・グローブスは1948年に退役するまで陸軍特殊兵器計画本部長を務め、中将まで昇進しています。

 時は移って本年5月27日、オバマ大統領が現職として初めて広島を訪れました。しかしそこでの演説の冒頭は「71年前のある晴れた日の朝、空から死神が舞い降り、世界が一変した」であり、どこまでもオバマらしい表現だけ綺麗な他人事でした。

 死神が舞い降りたのではなく、功名心にかられた陸軍が「小物」の大統領を無視して暴走した結果、20万人以上の命が失われたのです。

 悲劇の再来はどうしても避けなければなりませんが、ただ安直に「憲法9条を死守」などと叫んでいるだけではどうにもならないと強く感じます。

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原爆資料館に寄贈してある[弁当箱]。母親の想いと中身のご飯だけが真っ黒な米。世界中にみて頂きたい。
中国の沖縄侵略の野望
原爆を最初に使いかねない国として、北朝鮮と中国があります。
北は南北統一で外国の介入を威嚇するためです。
中国は対日戦争においてです。中国は通常兵器で日本にかないません。また、たとえ、中国が日本に勝ったとしても、中国が日本を直接支配することは、地勢学的にアメリカが許しません。それは深い日本海が中国の内海となり、戦略原潜の隠れ家となってしまうからです。太平洋の空母から富士山を越えて日本海に向けて対潜哨戒機を飛ばすのは、不可能です。
日本の東京を大混乱に陥れ、中国の息の吹きかかった臨時政府を作ることが可能ならば、核が使われるかもしれません。その中核となるのは在日勢力です。彼らの力量が、安倍政権をもう少しで非合法に転覆させることができるならば、中国は核を使い援護射撃するでしょう。
災いの種子を未然に取り除くために、在日勢力を追放し半減させ、中国の野望の芽を摘まなければいけません。
私の知り合いの中国人は毎年お盆時期は長野に涼みに行くそうです。財布がピーピー言ってる人なんですけど。お盆とか、東京から中国人がいなくなる時期があり、戦力を一時的に退避させ、混乱時に戻すことが可能ということです。
長野には中国の立派な観光ホテルがあり、皇太子ご夫妻も宿泊されるそうですね。
私ですか?私はお盆も仕事。東京に核が落ちれば安倍総理と一緒に氏んでますよ。いかんともしがたいです。
安倍総理には終戦の日に靖国参拝はやめてもらいたいです。
私も見ました。
京都が外された理由ですが、定説?では歴史的建造物があるから、と言われてきましたよね?
全然ウソでしたね…。考えてみれば宗教も違うアメリカ人に神社仏閣に関心がある人は多くなくて普通かも。

広島、長崎、小倉、新潟には人が住んでいないと本気で思っていたのでしょうか。
軍港だと、勝手な言い訳をつけた事には、イラクに大量破壊兵器があるとウソの報告をしたのと同じ心理が見てとれます。
他でも同じような事してきたんじゃないか?と思わずにいられません。今も…。
終戦が遅ければ小倉・新潟にも原爆が
以前、何かの本で読んだのですが、戦争がもう少しでも長引いていれば、アメリカは新潟と小倉にも原爆を落としたかったらしいという話です(長崎の原爆はもともと小倉に落とすはずだったものですよね)。今までは、アメリカの大統領が、原爆の威力を確認するために、実験として落としたかったのかと考えていましたが、本当は、レズリー・グローブスがマンハッタン計画(せっかく作った原爆)を無駄にしたくないと望んでいたということなんでしょうか。
改めて思うのは、もっと早く降伏できなかったのか・・・という後悔ですよね。

サイパンが陥落したとき、同盟国ドイツが降伏したとき、沖縄が陥落したとき、7月26日の降伏勧告のときと何度もきっかけはあったのにと・・・

鈴木貫太郎首相だから8月に終戦させられたという人もいますが、降伏勧告を黙殺してしまって原爆投下やソ連参戦を許してしまった訳ですからね。
歴史というのは国家首脳本人よりも、その側近の力関係で動かされていくものなのでしょうね。
この番組はデタラメですよ
ひとつの証拠は、番組中でも紹介されている、トルーマンが1945年8月9日に書いた手紙。
番組中では、『日本の女性やこどもたちへの慈悲の思いは私にもある。人々を皆殺しにしてしまったことを後悔している』と訳されていますが、これがとんでもないデタラメ。
こちら↓に原文がありますので、確認してみてください。
http://nuclearfiles.org/menu/library/correspondence/truman-harry/corr_truman_1945-08-09.htm
後悔どころか、トルーマンが明確な決意のもとに原爆投下を決定したことをうかがわせる史料です。
トルーマンとバーンズ
元共同通信理事 金子敦郎著『ヒロシマ・ナガサキが歴史を変えた 世界を不幸にする原爆カード』によると、バーンズ国務長官による対ソ連威嚇・戦後の米国覇権の確立の為の原爆使用実績の確保がドライバーで、スチムソン陸軍長官はあまり気乗りしていなかったように記憶しています。原資料に詳細に当った良著だった記憶があり、国営放送のニワカ取材よりは信用出来そうな気がします。
先日のコメントの続きです
前回紹介した1945年8月9日のトルーマンの手紙は、文意としては「人々を皆殺しにする必要があったことを残念に思う」であり、「私には日本の女子供への慈悲心があるから、どうしても必要にならない限り、もう原爆は使わない。しかしアメリカ人の命を救うためどうしても必要なら、さらに原爆を投下する」です。(意味を明確化して意訳)
英語が苦手な方のために。

そして歴史の研究では、事後になってからの当事者の証言は、全く当てになりません。貴重な情報ではあるのですが、事実と相違していることが、決して珍しくないからです。なので、必ず確認をとる必要があります。
この番組、「決断なき原爆投下」では、グローブス将軍の録音テープが出てきますが、それも同様。それが真実である保証はどこにもなく、だから何はともあれ確認をしなければならない。でなければ、それは真偽不明の証言としか扱えません。
ところがその番組ではそうしないまま、真実として扱ってます。非常な手落ちであり、おっちょこちょいです。
さらに続きです
さらに続きです。実は私、こういう本↓を書いてます。
『心理的衝撃としての原子爆弾』
http://books.rakuten.co.jp/rk/d14ba60664bf31449077ff7a65c801f3/?s-id=top_normal_browsehist&xuseflg_ichiba01=15796236
書いた当人が言うのもなんですが、お金出して読むような本じゃありません。出したら後悔しますよ。たぶん。
なんですが、これまた自分で言うのもなんですが、とにかくそれくらいの知識は持っているということです。

そして、トルーマンはなぜ原爆投下を決断したのか?について、簡単な説明です。
まず、「原爆投下は不要だった、自分は反対していた」という証言するアメリカ人は何人もいますが、調べてみると、それは戦後になって言い出したこと。慎重な意見は確かにありましたが、はっきり反対していたのは、レオ・シラードなど科学者の他は、海軍次官補ラルフ・バードただひとりです。
「日本は降伏の準備をしていた」という説もありますが、調べてみると、そんな事実はありません。アメリカも、当時はそうなるとは判定していません。
「天皇制を容認すれば日本は無条件降伏する」と国務次官グルーや陸軍長官スチムソンは主張していましたが、元国務長官コーデル・ハルはそれに反対していました。「逆効果になる可能性がある」であり「アメリカ世論を考えろ」ってことです。
そして沖縄戦でのアメリカの人的損害は、約7万5千人。日本本土侵攻作戦が、沖縄をはるかに上回る大激戦になるであろうこと、自明の理。したがってアメリカは、数十万人あるいは100万人にも及ぶかもしれない人的損害を、少なくともそのリスクを、覚悟しなければならない状況でした。現実には、日本軍は想定よりはるかに弱体化していたのですが、それは戦後の調査で初めて明らかになったことです。

だから、日本本土侵攻作戦を回避しアメリカ人の犠牲を最少にしつつ、日本を無条件降伏させるためには、原爆投下しかなかった。おそらくトルーマンは、そのように判断したのだろう。
というのが、通説通りですが、私の意見です。
トルーマンの本心がわかるのは当人だけですから、どのみち推測でしかないわけですが。
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