闇株新聞 the book


闇株新聞 the book
発売中です。
よろしくお願いします。

ユーロの行方・ヨーロッパの歴史  その1

2011年07月12日

ユーロの行方・ヨーロッパの歴史  その1


 ユーロの行方を考えるにあたり、ヨーロッパの歴史をもう一度振り返っておく必要があると以前から考えていました。

 ユーロの行方だけでなく、世界の政治・経済を考えるときにも、常に世界の中心であったヨーロッパの歴史は絶対に理解しておく必要があると思います。

 正直、書き始めるにあたって結論めいたものは何もありません。書きながら考えていこうと思います。それでも何回かのシリーズになると思いますが、続けて書くのではなく他の話題の合間に書いていこうと思います。

 現在のヨーロッパが歴史に初めて現れるのは、紀元前8世紀のギリシャです。

 しかし、その周辺のエジプトでは、紀元前3000年ころから初期の王朝が生まれ、紀元前27世紀には、早くもピラミッドを建設した古王朝が成立していました。

 また、中東でも紀元前3000年ころから都市国家が建設され、紀元前24世紀にはアッカド王朝、紀元前19世紀には古バビロニア王朝(ハンムラビ法典で有名)、紀元前9世紀にはアッシリア王朝、紀元前6世紀にはアケネメス朝ペルシャがこの地域を統一していました。

 また、イスラエルの地でも紀元前11世紀にはダビデ・ソロモン王によりヘブライ王国が建設されていました。

 ギリシャの近くのエーゲ海でも、紀元前3000年ころから海洋文化が発達していたのですが、紀元前12世紀ころからギリシャ人が南下してきて、紀元前8世紀ころには今のギリシャの地に幾つもの都市国家(ポリス)がつくられました。だいたい200個くらいあったようです。

 その中でギリシャとスパルタが特に強大となりました。

 そのころお隣の中東を支配していたのがアケネメス朝ペルシャで、紀元前500年ころから何度も戦争をしていますが、なんとかポリスの連合で切り抜けました。紀元前490年のマラトンの戦いは有名です。(現在のマラソンの起源になっています)

 また有力ポリス同士の戦争も結構あったのですが、一時休戦して行ったスポーツ対抗戦が古代オリンピックなのです。

 しかし、ギリシャは紀元前338年に新興国マケドニアに滅ぼされて、長く歴史の表舞台から姿を消してしまいます。ギリシャがオスマン帝国から独立したのは何と1830年のことなのです。この間2200年近くギリシャという国はなかったのです。

 ここでマケドニアとアレキサンドロス大王についても触れておきましょう。

 ギリシャの北隣りに生まれたスラブ人の新興国・マケドニアで、父親から紀元前334年に王位を譲られた22歳のアレキサンドロス大王は、とんでもない勢いで国土を広げ、33歳で急死するまでの11年間で何とギリシャからインドにいたる広大な帝国を築いたのです。

 征服して建設した70以上の都市の統治は、移住させたギリシャ人に任せていたのですが、これだけ短期間に単独でこれだけ広大な地域を征服した例は、歴史上ではあと13世紀のモンゴル帝国しかありません。

 しかし、これだけの広大な帝国もアレキサンドロスの急死後、あっという間に分裂してしまいました。マケドニアが、その発生の地でユーゴスラビアから分離独立するのは1991年のことで、それまで約2300年も歴史にうずもれていたのです。しかも、その国土は僅か67,000平方キロメートで北海道よりも小さく、アレキサンドロリスの築いた広大な帝国とは比較にならないのです。

 次に登場するのがローマ帝国です。
 紀元前6世紀末に、ラテン人の都市国家ローマが、支配者のエトルリア人の王を追放して共和政を開始します。

 そして紀元前3世紀ころにはイタリア半島を統一しますが、ローマは西地中海の制海権を求めて北アフリカ(今のチュニジア)のカルタゴと3回にわたって戦い(ポエニ戦争。敵将がハンニバル)、紀元前146年にこれを滅ぼします。

 ローマは、これでイベリア半島南部や北アフリカを手に入れ、その後マケドニアやエジプトやイスラエルなども支配下にして地中海の制海権を完全に取得し、経済発展の基盤を確保します。

 そして、紀元前27年にオクタビヴィアヌスが皇帝となり、帝政が始まります。

 ローマの領土は紀元後98年に即位したトラヤヌス帝の時代に最大領土となり、今の英国を含むヨーロッパ全域、北アフリカ、トルコ、イスラエル等を含む地域を支配していたのです。

 ここで、初めて現在のヨーロッパの中心地域が、ローマの属州として歴史に出てくるのです。現在のウィーンやパリやロンドンは、この時代にローマ様式を取り入れて建設された都市なのです。

続きます

Ads by Google

コメントをする⇒
| Comment:1 | TrackBack:0
関連記事
コメント
マケドニア人は今はスラブでしょうが、昔は・・・・
マケドニアはギリシア人の一派なのではないですか。スラブ人にはまだ国家建設は無理だしそもそも隣にはいなかったと思います。
コメントの投稿
闇株新聞プレミアム

各種メディアに掲載されている闇株新聞の裏・・・

闇株新聞プレミアム
Ads by google
Ads by Google
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク
フェイスブック
カテゴリ
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

07月 | 2017年08月 | 09月
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -


ブログ内検索
Loading
お問い合わせ

※ページが見れない・表示されないという方はお手数ですが、原因究明のためお使いのOSとブラウザを記述の上お問い合わせ頂けますようお願い致します。

名前:
メール:
件名:
本文:

闇株新聞プレミアム

各種メディアに掲載されている闇株新聞の裏・・・

闇株新聞プレミアム