闇株新聞 the book


闇株新聞 the book
発売中です。
よろしくお願いします。

ソビエト・クーデター未遂事件から20年

2011年08月23日

ソビエト・クーデター未遂事件から20年

 本日は、昨日に続いて「株式市場の中国問題 その2」を書こうと思っていたのですが、ふと、ソビエト崩壊のきっかけとなった保守派のクーデター未遂事件から、ちょうど20年目であることを思い出しました。

 世界史において、それなりに重要な事件なので、本日はこれについて書くことにします。

 事の発端は、当時のゴルバチョフ・ソビエト連邦大統領が、連邦を構成する15の共和国への統制を、より緩やかにする「新連邦条約」に署名する予定だったのですが、それに反対する保守派がゴルバチョフ大統領の退陣を画策したものです。

 クーデターの首謀者は、ヤナーエフ副大統領、クリュチコフKGB議長、ブーゴ内相、ヤゾフ国防相など8人で、1991年8月18日夕刻にゴルバチョフ書記長が休暇中のクリミアの別荘に使者を送り、大統領辞任を迫ったものの拒否されてそのまま軟禁しました。

 翌19日未明、クーデター派は「国家非常事態委員会」を結成し、「ゴルバチョフが健康上の理由で職務を遂行できなくなったためヤナーエフ副大統領が全権を引き継ぐ」と国内外に発表しました。

 しかし同日午前11時に、エリツィン・ロシア大統領(当時は、ロシア共和国もソビエト連邦を構成する共和国の1つに過ぎませんでした)が、「国家非常事態委員会」は非合法で、軍などに参加しないよう呼びかけ一気に世論を味方につけました。議会の前で戦車に飛び乗って演説したのです。

 クーデター派は、軍やKGBなどを支援基盤にしていたはずなのですが、これで一気に腰砕けになり、21日になるとクーデター派は国外逃亡を図り始めました。結局ヤゾフ国防相が全軍隊の撤退命令を出し、クーデターは未遂に終わりました。首謀者は自殺したブーゴを除き全員が逮捕されました。

 翌22日に、ゴルバチョフは軟禁先のクリミアの別荘から帰還しましたが、クーデター派も結局ゴルバチョフの部下だったため、一気に求心力を失い24日に兼任していたソビエト共産党書記長を辞任、党中央委員会の自主解散を決めました。ソビエト共産党も完全に活動を停止したわけです。

 すでに独立を要求していたラトビアとエストニアが独立したのをはじめ、1991年12月までにソビエト連邦を構成していた15の共和国すべてが独立し、ソビエト連邦は完全に崩壊しました。

 しかし、クーデター騒動のさなかに、ブッシュ米国大統領(父親)、メージャー英国首相、ミッテラン仏大統領などが、早くも「国家非常事態委員会」不支持を表明していました。混乱中のモスクワから正確な情報が届けられていたようです。
 それに対し、わが日本の海部首相は外務省からの情報が全く入らず、おたおたしているうちに終わってしまいました。

 正確に情報をつかんでいたのは、ノンキャリアの佐藤優氏だけだったようで、他のキャリア外交官は全く役に立たなかったのです。これに限らず外務省の「とんでもない話」はいずれご紹介します。

 それではこの時、プーチン首相とメドベージェフ大統領は何をしていたのでしょうか?

 エリツィンの盟友にレニングラード(現在のサンクトペテルブルグ)のサプチャーク市長がいました。プーチンは彼の下で1992年に副市長に抜擢され出世の階段を駆け上ります。
 メドベージェフは、そのプーチンの部下の1人でした。

 しかし、プーチンの出身母体はKGBであり、現政権にも旧KGB幹部がかなり登用されています。しかし本来、KBGはクーデター派の中心であったはずなのですが、プーチンは逆にKBG人脈を使って「陰の部分」を担っていたようです。
 その後モスクワに出て、エリツィンのマネーロンダリング疑惑をもみ消し(検事総長をスキャンダルで失脚させた)、その功績もあってか1999年に首相、そして後継大統領候補に指名されるのです。

 そのころのロシア経済は低迷を続け、1998年にはルーブルの1000分の1のデノミ、そして国家債務のデフォルトにまで追い込まれます。いわゆるロシア危機と呼ばれるもので、最強のヘッジファンドと言われたLTCMが破たんする原因となりました。
 ルーブルは、この危機の間に4分の1になり、その前にデノミをしているため、ソビエト崩壊後の7年ほどでルーブルが4000分の1になったことになります。

 現在ルーブルは、米ドルとユーロに連動するようになっており、1ドル=29ルーブルほどで、対円では2.6円位です。

 このロシア危機の原因の一つに、エリツイン時代のガイダルやチュバイスに先導された急進的資本主義化があり、その結果ハイパーインフレや経済格差の拡大を招きました。
 その過程で、政権と癒着した新興財閥「オリガルヒ」が国有財産である企業をタダ同然で手に入れました。そしてこの「オリガルヒ」の国家財産私物化と税金逃れで、国家財政も破たんしていたのです。

 2000年に大統領となったプーチンは「オリガルヒ」と対決し、脱税・横領などの疑いでグシンスキーやホドルコフスキーを逮捕し、恭順を約束したオリガルヒに納税させて国家財政を立て直しました。
 2000年以降の原油などの資源価格の上昇も追い風になりました。

 しかし、2008年の金融危機以降は再び経済が低迷しています。また最近、ゴルバチョフ元大統領は現政権を「改革に逆行している」と批判しているようです。

平成23年8月23日

Ads by Google

コメントをする⇒
| Comment:0 | TrackBack:0
関連記事
コメント
コメントの投稿
闇株新聞プレミアム

各種メディアに掲載されている闇株新聞の裏・・・

闇株新聞プレミアム
Ads by google
Ads by Google
最新記事
最新コメント
全記事表示リンク
フェイスブック
カテゴリ
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

07月 | 2017年08月 | 09月
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -


ブログ内検索
Loading
お問い合わせ

※ページが見れない・表示されないという方はお手数ですが、原因究明のためお使いのOSとブラウザを記述の上お問い合わせ頂けますようお願い致します。

名前:
メール:
件名:
本文:

闇株新聞プレミアム

各種メディアに掲載されている闇株新聞の裏・・・

闇株新聞プレミアム