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JPモルガン・チェースの巨額損失の不思議  その3

2012年05月22日

JPモルガン・チェースの巨額損失の不思議  その3

 この問題は、時間がたてばたつほど複雑怪奇になってきています。

 最新の報道では、JPモルガン・チェースの問題ポジションの解消が進まず、予想最大損失が50億ドル(4000億円)にも膨らんできています。また問題の最高投資戦略室(CIO)はリスクヘッジの名目のもとにCDS関連商品の他に、主に英国の複雑な住宅ローン担保証券(MBS)などを1000億ドル以上も抱え、しかもこれらの暴走が3年も前から始まっていたことなどが伝わってきています。

 ここまで来るとジェーミー・ダイモンCEOが関与していた可能性はほぼ無くなり、現場レベルの暴走と言えそうです。つまり何でもかんでも最高投資戦略室(CIO)の本来の職務である銀行全体のリスクヘッジということにして隠していたことになります。

 また、その取引の大半がNYから遠く離れたロンドンで行われており、ロンドンではCDSにしろMBSにしろ、その常識はずれの巨額取引は有名だったようです。つまりもともと流動性のないこれらの市場で、常識はずれの取引シェアを持っていたJPモルガン・チェースのポジションを解消することなど出来るはずがありません。

 もう1つ、ロンドンでもどこでも圧倒的なシェアを持つ会社があると、同じ市場の「ろくでもないトレーダー」はすべてその真似をします。つまりロンドンで間違いなく第2・第3の巨額損失が出てきます。

 「ろくでもないトレーダー」が多くて管理体制が稚拙なロンドンの会社というとすぐに思い浮かぶのが野村証券です。JPモルガン・チェースの暴走が3年前から始まっていたとすると、ちょうどリーマンの「ろくでもないトレーダーなど(注)」を大量に高給で抱え込み、さらに「成功報酬型ボーナス」まで提供して「とんでもないリスクをとるインセンティブ」を与え、最後に今年初めに現場の責任者を「買収失敗」の責任まで取らせて解雇してますますの無法地帯にしてしまったなどの時間軸とぴったり一致するのです。

(注)リーマンの社員全体が「ろくでもない」とは決して言っていません。その辺の「からくり」については2月3日付け「野村証券首脳の大罪」と、2月6日付け「まだまだ書き足らない野村証券について」に詳しく書いてあります。

 野村証券(HD)は、せっかく投資適格のBaa3に踏みとどまっているのですが心配です。せめて原爆ではなく爆竹で終わるといいですね。

 それから5月17日付け「JPモルガン・チェースの巨額損失の不思議 その2」に対して「JPモルガンは、チェースと合併する前の90年代から投資銀行業務しか行っていなかったはずだ」とのコメント頂いていましたのでお答えしておきます。

 90年代のJPモルガンは確かに大企業相手の銀行業務に特化していましたが、投資銀行業務は行っていませんでした。その理由は、1999年に完全撤廃になるまでグラス・スティーガル方が残っていて、銀行による投資銀行業務は禁止されていたからです。

 2000年のJPモルガンとチェースの合併は、実際には投資銀行業務が解禁されたのでチェース・マンハッタン銀行が大企業取引に特化していたJPモルガンを吸収して投資銀行業務に進出したと言えます。

 またチェース・マンハッタン銀行も、実際は1996年に合併したケミカル銀行に吸収されたもので、JPモルガン・チェースの現本社ビルの270 Park Avenueは、旧ケミカル銀行の本社ビルだったはずです。ケミカル銀行は1993年にマニファクチャラーズ・ハノーバートラスト(マニハニ)と合併しているのですが、マニハニの本社ビルはNY Midtownの少し離れたところにあったような気がします。

 もう1つMFグローバルの顧客資産がJPモルガンに移されているとのコメントも頂いているのですが、実はJPモルガン・チェースは世界最大のプライムブローカー(注)で、顧客(MFグローバル)の指図どおりに資金移動したはずで、その資金は多分取引所のマージンコールに充てられていたのだと思います。

(注)主にヘッジファンド相手に売買注文の執行、資産管理、保証金の管理や貸株調達、日々の値洗いなどを独占的に行う業務で、高額の手数料が得られるだけでなく、ヘッジファンドの売買動向が見えるため非常に魅力あるビジネスと言えます。
 金融危機以前の2大プライムブローカーはゴールドマン・サックスとベアー・スターンズでした。JPモルガン・チェースはベアー・スターンズの買収で、現在は世界最大のプライムブローカーになっています。

 この点に関しては、あくまでもMFグローバル(代表が元ゴールドマンCEOのジョン・コーザイン氏)の問題のようです。しかしプライムブローカーが「顧客(MFグローバル)の明らかな詐欺行為を知っていて」資金を動かしたとなると、責任を問われる可能性はあります。

 やや事情が異なるのですが、日本企業が多く被害にあったプリンストン事件では、プライムブローカーだったリパブリック・ニューヨーク銀行を買収したHSBC銀行が、損失分のほとんどを弁済しています。古い記事ですが、一昨年12月8日付け「あの事件はどうなった? その4 プリンストン債事件の闇」に書いてあります。

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事実関係が違います。米銀グループが現在に至る投資銀行ビジネスを再拡大を本格的に開始したのは1987年のFRBの裁量により、JPM、バンカーストラスト、シティに証券子会社(グラススティーがル法20条に基づく通称「セクション20子会社」)における非適格証券業務を子会社収益の5%まで認めた時点に遡ります。その後、この上限は89年に10%に、96年に25%に拡大し、96年の再々引上げ後は大手米銀グループが株式引受、ディーリングを含む投資銀行業務を大手投資銀行並みの規模で実施する際の制度的制約は事実上なくなりました(証券子会社収益の分母には銀行傘下でも可能なビジネスをどんどん移したので分子の非適格証券業務の上限の余裕も広がりました)。よく誤解する人がいますが、投資銀行ビジネスに関する限り、グラムリーチブライリー法は96年にFRBの裁量で事実上自由化されていたものを立法措置が後追いしたにすぎません(GLBで追加的に緩和されたものは、銀行と保険引受の金融持株会社傘下での兼営)。したがって、JPモルガンもチェースに限らず大手米銀グループでは90年代を通じ投資銀行ビジネスはやっていますしチェースはデットの引受では大手の一角を占めるそれなりの地位を証券会社の買収なしに築きましたが、結局、本丸であるM&AとエクイティではチェースもJPMも2000年代に入っても自力でトップ3には入れなかったというのが合併当時の状況です。だから、GS、MS、メリルのトップ3の1つを買収しない限りトップ3の壁は破れないと97年以降は2000年代前半になってもいわれ続けていました。
文中、「90年代のJPモルガンは確かに大企業相手の銀行業務に特化していましたが、投資銀行業務は行っていませんでした」とありますが、Doveさんのコメントが事実関係としては正確です。私自身が、90年代よりJPモルガンで投資銀行業務を15年以上やっておりました。
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