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昭和史最大の謎・近衛上奏文  その2

2012年07月18日

昭和史最大の謎・近衛上奏文  その2

 昨日の続きです。まず「共産主義」について詳しく考える必要があります。「共産主義」と「社会主義」の違いから書くと長くなるので、取り敢えず「同じような意味」として読んでください。

 1917年に第一次世界大戦で疲弊したロシアに、レーニンが指揮するボリシュヴィキ(ロシア社会民主労働党・後のソビエト共産党)による歴史上初めての社会主義国家が誕生しました。

 1919年には、世界各国の革命勢力を結集して「世界革命」を目指す「コミンテルン」が結成されたのですが、1924年にレーニンが死ぬと「一国社会主義」を主張するスターリンが「世界革命」を目指すトロツキーを退けて独裁体制を確立しました。

 その過程でコミンテルンの役割も、スターリン独裁のソビエト社会主義共和国連邦(以下、ソ連)の「世界における勢力拡大」のためと目的を変質していきました。

 コミンテルンは、世界中で共産主義(途中からソ連)のために積極的なスパイ活動を繰り広げていました。例えば第二次世界大戦直前の米国ルーズベルト政権の中には300人ものコミンテルンのスパイが潜入しており、その中には米国財務次官補で日本を日米開戦に追い込んだハル・ノートを実質的に執筆し、戦後のブレトンウッズ体制の枠組みを作ったハリー・デクスター・ホワイトの名前もあることが、米国公文書で機密解除されているVenona Fileにはっきりと書かれています。

 米国政権の中枢に300人ものスパイを送り込んでいたのですから、第二次世界大戦においてドイツと日本の「挟み撃ち」にあうことを懸念していたスターリンにとって日本政府および日本軍の情報は非常に重要だったはずで、日本でスパイ活動をしていたのがゾルゲら数人しかいなかったということは「絶対に」無いはずですが、この辺は後で詳しく検証します。

 そういえば日本共産党は1922年に結成された、れっきとしたコミンテルンの日本支部です。現在の日本共産党は発達した資本主義国の中では世界最大の組織で、15名の国会議員、2760名の地方議員、11名の地方自治体首長がいます。

 この現状をどうこう言うつもりはないのですが、当時の日本共産党が(確かに非合法組織ではあったものの)日本政府・日本軍に対して積極的なスパイ活動をしていた形跡がほとんどありません。それどころか野坂参三や伊藤律ら当時の幹部は、保身と出世のために共産党員の仲間を売る「スパイ活動」に熱心だったようです。

 話を戻しますが、「共産主義」の世界戦略を理解する重要なヒントに、レーニンの「革命的祖国敗北主義」があります。これは「祖国の敗戦」という国難が「共産主義による革命」を引き起こすものとする考えで、まさにレーニンのロシア革命こそが第一次世界停戦で疲弊したロシアの国内事情により成功したと言えるのです。

 そう考えると中国でも(最終的には日本の敗戦で終了したものの)疲弊しきった中国を支配した毛沢東率いる中国共産党は、実は蒋介石率いる中国国民軍が日本軍と戦っている間、ほとんど逃げ回っていただけなのです(長征などと言われています)。しかし戦後の中国をしっかりと現在に至るまで支配しているのは中国共産党なのです。

 要するに共産主義とは、そのイデオロギー的なものにあまり意味がなく、また人民のために役だったのかどうかはもっと関係なく、スターリンや毛沢東のような独裁者にとって戦争などで貧困と困難にあえぐ人民からさらに搾取を続けるための「都合の良い殺し文句」なのです。

 しかしこの「都合に良い殺し文句」で日本が泥沼の戦争・敗戦に追い込まれた形跡は確かに存在し、それに気づいた近衛文麿が昭和天皇に「共産主義を利するだけ」と停戦を説いたのが「近衛上奏文」なのです。

 昭和天皇が「もう一度、戦果を挙げてからでなければ難しい」と戦争を続行させたのは、いずれ降伏することになっても、米英にもう一度打撃を与えることによって戦後の交渉を優位に進められるという東条英機(注)らの「多数意見」を取り入れたためです。

(注)近衛文麿の上奏と前後して、7名の首相経験者らが昭和天皇に上奏しています。最後に上奏した東条英機はその時はすでに首相を辞任していました。

 さて、これからは日本政府と日本軍の具体的行動を順番に捉えながら、背後に「共産主義」の影が無かったかを検証していくことにします。1928年の「張作霖爆殺事件」、満州事変のきっかけとなった1931年の「柳条湖事件」、1932年の溥儀擁立による「満州国建設」、1936年の「2.26事件」、支那事変(日中戦争)のきっかけとなった1937年の「盧溝橋事件」、1940年の「日独伊三国同盟」、1941年の「日ソ中立条約」、そして同年12月の「真珠湾攻撃」の順に、少し丁寧に見ていくことにします。

 続きますが、途中タイムリーな話題があれば中断します。

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コメント
非常に…
勉強になります。
歴史をそういう観点で見たことが無かったので、興味深く読ませていただきました。
1936年の「2.26事件」は共産系青年将校のクーデターという噂が専らですが、そこのところの解説を詳しくお願いします。この青年将校グループには、後藤新平がスターリンからもらってきた金が運営原資に使われていたと言われています。
2009年にイタリアで13兆円の債権を持っていた日本人が捕まりましたが、これってナンだったのですか?詳しく報道されてないようですが。
歴史観においてもぶれていませんね!
細かく調べればもっと専門家がいますので、そちらに譲るとして、経済でなく歴史観もしっかりしておいでのようで、安心いたしました。
文中の、逃げ回っていた中国共産党が現在中国を支配している→共産主義とは独裁者にとっての都合の良い殺し文句、というのは論理的につながっていないと思いますが。
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