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昭和史最大の謎・近衛上奏文  その3

2012年07月19日

昭和史最大の謎・近衛上奏文  その3

 本日は、日本が中国と戦闘状態に陥るきっかけとなった3つの事件についてです。「張作霖爆殺事件」「柳条湖事件」「盧溝橋事件」の3つですが、それぞれの背景と特に「誰が最もメリットを得たか」をよく考えると、通説とは違ったものが見えてくるのです。

 当時の中国では1912年に宣統帝(溥儀)が退位して清朝が滅亡します。その後の中国は辛亥革命(1911年)で成立した中国国民党による中華民国政府(最初は孫文、1926年から蒋介石が率いる)と、各地域を制圧した軍閥が割拠するバラバラの状態でした。

 一方日本は1905年のポーツマス条約で、ロシアが満州に敷設していた鉄道(満鉄)を譲り受け、その「満鉄」を中心に南満州に権益を拡大しており、民間日本人の入植も始まっていました。ただその当時は、満州そのものを日本の領土にする考えはありませんでした。また当初「満鉄」の鉄道警備のために派遣されていた師団が増員されて1919年に「関東軍」となります。

 当時の満州は馬賊から一代で奉天軍閥にのし上がった張作霖が支配しており、そこへ蒋介石の国民軍が中国の統一を目指して「北伐」を繰り返していました。

「張作霖爆殺事件」とは、その張作霖が1928年6月4日未明に奉天駅近くで列車もろとも爆破されて死亡した事件です。

 通説では、満州における支配力を強めたい関東軍が「邪魔になった」張作霖を殺害したとされており、確かに張作霖が「満鉄」と平行する路線を建設して「満鉄」の利益を損ねていたことは事実です。

 しかし当時の満州は、北を「スターリン率いるソビエト軍」、南を「蒋介石率いる中国国民軍」に挟まれており、もっと南にはコミンテルンに支援された「毛沢東率いる中国共産軍」がいて中国国民軍と対立しており、非常に複雑な状況でした。

 張作霖は、中国国民党に対しても共産党(ソビエト共産党・コミンテルン・中国共産党)に対しても敵対しており(注)、日本にとっては「味方」とまでは言えなくとも「唯一、敵ではない実力者」だったはずです。事実、張作霖の後を継いだ息子の張学良は国民党に入党し、排日運動の急先鋒となります。つまり日本にとって「張作霖を爆殺するメリット」があったとは言い難いのです。

(注)張作霖は1927年に北京のソ連大使館を捜索し、スパイ活動をしていた共産党員80名を逮捕しました。これは地盤の満州が共産化しないためなのですが、少なくとも張作霖は共産党にとって敵だったはずです。

 2005年に出版されたユン・チアン著の「マオ」には、「日本軍の仕業に見せたソ連情報機関の実行」とはっきりと書かれています。

 しかしこの事件の直後に石原莞爾作戦主任参謀が「関東軍」に着任し、本格的に満州支配の強化・満州国建設へと進んで行きます。その満州に対する軍事行動(満州事変)のきっかけとなったのが1931年9月18日の「柳条湖事件」です。

 これは満州・奉天近郊の柳条湖付近で、満鉄の線路が「中国側」によって爆破されとして、関東軍が一気に奉天・長春・吉林・錦州ら満州主要都市を攻撃したのですが、これはさすがに通説通り「関東軍」の自作自演です。なぜなら間髪を入れずに軍事行動を起こしているからです。

 わずか1万数千人の「関東軍」で23万人の張学良軍を数日間で制圧したのです。これこそ日本陸軍の軍令(軍の作戦行動)最大の天才と言われた石原莞爾の戦果です。この石原と、同じく軍政(軍の行政組織管理)最大の天才と言われた永田鉄山については、昨年8月15日付け「永田鉄山と石原莞爾 日本陸軍・二人の天才」に書いてあります。

 石原は、当時から「米国との開戦は避けられない」と考えていたのですが、かといって満州を単に資源確保のために「植民地」にするつもりもなく、あくまでも日本と対等な同盟国としたかったようです。

 そして1932年に満州国が成立して清国最後の皇帝の溥儀が執政(1934年から皇帝)となるのですが、1937年7月7日に日中全面戦争のきっかけとなった「盧溝橋事件」が起こります。

 これは北京郊外の盧溝橋で演習中(中国側には通告済み)の日本軍に何者かが発砲したもので、これをきっかけに日本軍と中国国民軍が銃撃戦になり、そこから中国との全面戦争となるのですが、そもそも最初の発砲が誰によるものかが分かりません。

 これも日本軍と中国国民軍とが全面戦争になり、双方が疲弊することにより最もメリットを受けるのが毛沢東の中国共産軍とスターリンのコミンテルンのはずです。事実、終戦後に中国を支配したのは、日本軍と戦った蒋介石ではなく共産党の毛沢東なのです。

 つまりこれら3つの事件のうち、少なくとも「張作霖爆殺事件」と「盧溝橋事件」の2つは、スターリンの意を受けたコミンテルンの「陰謀」だったはずです。これによって日本は抜き差しさらない日中全面戦争に突入してしまい、その後の選択肢を狭めてしまったのです。

 次回は「2.26事件」を中心に、日本及び日本軍が直接「共産主義」に影響されていたかどうかを検証します。

 しかし明日は「マネーロンダリング」についてです。HSBCに限らず「もっと深く」ご紹介します。


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コメント
張作霖暗殺がコミンテルンの仕業?

じゃあ、爆破スイッチ押した東宮大尉はコミンテルンの手先だというのですか? 現地に出張して自ら捜査の指揮を執った峯憲兵司令官もコミンテルンの手先ですか? 民政党松村代議士の現地調査と鉄道大臣への報告は? みんなコミンテルンの仕業だというのなら、なんで田中首相は辞任に追い込まれたのですか? どうして天皇が激怒するの?

事件当時に大規模な調査が行われ、山のような証拠が確認されているのを一体どうやったら説明できるのですか?

非凡な主張には非凡な証拠が必要です。山のような証拠を一切無視して、馬鹿げた戯言を得意げに振り回すのはやめて下さい。「地下鉄サリン事件はモサドの犯行だった!」なんてほざく馬鹿と同様の扱いをされたくなかったら。
私もなぜかこの時期、満州国というものが気になって、偶然1か月前に色々と本を読みました。不思議な符牒の一致なんですかねぇ。石原莞爾、板垣征四郎も興味深いですが、やはり岸伸介がどこを見ていたのか、そしてなんといっても甘粕正彦の裏の顔にものすごく興味があります。ところでLIBOR問題が2008年のリーマンショック後からだとすると、オリンパスの比ではない「すごいこと」がまだまだ出てきそうな気がします。このあたりを英米の関係の変化とともに書いていただけるとうれしいです。
第一コメントの人に賛同します。コミンテルンの仕業なら田中内閣は何故総辞職したか説明は可能でしょうか?
通説とは違う見方を別の角度からあえてしてみるという試みは大変おもしろいと思います。
 そうすると、通説によって利益を得てきた集団から必ず批判意見が出されるし、その反応をみることでその通説の真実性がどれほどのものか改めて評価することも可能になると思います。
 結果的にコミンテルンが漁夫の利をさらった結果になっていることは事実ですから、それが偶然の産物であるのかあるいは、深慮遠謀の元昔から仕組まれたものであるのかは大変興味深い切り口でありますので、今後の推理展開に期待したいと思います。
 
横レスですが。
名無しさんへ

》「地下鉄サリン事件はモサドの犯行だった!」なんてほざく馬鹿と同様の扱いをされたくなかったら。

突拍子もない馬鹿話を出して論破したつもりかな?
ブサヨや朝鮮人モドキや今回の尖閣諸島における中国発言と全く同じやな。

》じゃあ、爆破スイッチ押した東宮大尉はコミンテルンの手先だというのですか? 
》地に出張して自ら捜査の指揮を執った峯憲兵司令官もコミンテルンの手先ですか?

ブログ主さんは言外にそう言っているわけだが…。
さすがに日本語の字面だけしか捉えられ無いようですな。
プゲラ
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