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バチカン銀行の闇  その1

2011年02月01日

バチカン銀行の闇  その1


 本誌では、現在の日本経済の閉塞感の重大な原因が、日本の銀行にあると繰り返し述べてきました。(本年1月14日付け「日本の銀行について」、1月27日付け「ここにもあった銀行の、あこぎなやり方」を御参照下さい)

 ただそんな、ケチくさい話ばかり書いていても精神衛生上よくないので、本日は、もう少しスケールの大きい銀行のスキャンダルについて書いてみましょう。

 昨年9月、ローマ教皇庁(バチカン)の財政管理組織「宗教事業協会」(通称:バチカン銀行)の資産2300万ユーロ(約26億円)が、イタリア当局にマネーロンダリングの疑いで押収されました。

 バチカン銀行が、イタリアのクレジト・アルティジャーノ銀行に預けていた資金を、フランクフルトのJPモルガン・チェースなど2行に対し、受取人の名前を明らかにしないで送金しようとしたとして、イタリア中央銀行がイタリアの司法当局に通報しました。
 
 バチカン銀行はその前年にも、同様の手口で1億8000万ユーロを送金しようとしたとして、イタリア司法当局が内偵していました。バチカン銀行は長年にわたり顧客の身元を明かすことなく、巨額の送金を代行していた(つまり典型的なマネーロンダリング)とされています。

 ローマ教皇庁は当然のように容疑を否定しています。

 教皇ベネディクト16世は、現在の金融危機について「経済活動について堅固な倫理規定が無かったから」と非難していますので、何ともバツの悪い結果になったのですが、バチカン自体がれっきとした主権国家なので、イタリア当局の捜査がどこまで進むのかは疑問で、このままうやむやになってしまう可能性もあります。

 というのも、バチカン銀行に関しては過去、大がかりなマフィアのマネーロンダリングや不正融資の舞台となったのですが、結局その闇は、何一つ解明されなかったのです。

 その時代のことを書く前に、簡単にバチカンの歴史を振り返ってみましょう。バチカンに関していろんなヒントが隠されているからです。

 西暦313年に、ローマ帝国のコンスタンチティヌス1世がキリスト教を公認し(ミラノ勅令)、326年にイエスキリストの使徒ペテロの墓があった今のバチカンに、最初の協会が建てられました。代々そこの司教が教皇として世界のカトリックの最高権力者となるのです。

 現在のカトリック教徒は12億人とも言われています。(プロテスタントや東方正教会などを加えたキリスト教全体としては20億人以上と言われ、世界の人口の3分の1を占めます)
 
 ところが、その後ろ盾となったローマ帝国は395年に東西に分裂し、バチカンを含む西ローマ帝国は、相次ぐゲルマン人の侵攻で弱体下し、476年に滅亡してしまいます。

 その後、481年にゲルマン人のメロヴィング家のクローヴィスがフランク王国を建設し、西欧が統一されます。このメロヴィング家はイエスキリストとマグダラのマリアの子孫ともいわれ、その末裔が今でも世界各地で活躍しているなど、数多くの伝説があるのですが、これはまたの機会に書くことにします。

 そして、官僚としてフランク王国の統治を委託されていたカロリング家のピピン3世(短躯王と言われています。背が低かったのでしょうか)が751年に王位につきカロリング朝を開きます。

 この際、もとはと言えば官僚にすぎなかったピピン3世とその子カール(後のカール大帝)が王位に就くための権威付けとして頼んだのが時の教皇ステファヌス3世で、ピピン・カール親子はローマを含む広大な土地を教皇領として寄進します。755年ころの話です。

 教皇としても西ローマ帝国滅亡後の後ろ盾を求めていたので、持ちつ持たれつだったのでしょう。

 これも余談ですが、カール大帝の死後は、広大なフランク王国を維持できず、843年に西フランク王国(後のフランス)、東フランク王国(後の神聖ローマ帝国、後のドイツ帝国)、中フランク王国(後のイタリア王国)に分裂します。つまり今のドイツ・フランス・イタリアは、もともと同じ国だったのです。日本の奈良時代から平安時代にかけてのことです。

 さて、この広大な教皇領は、その後長い間教皇の勢力の裏付けとなっていたのですが、1860年にイタリア王国が成立すると接収されてしまいます。ここでイタリア王国とローマ教皇(バチカン)との間が一気に険悪化したのですが(多分、この辺でマフィアの力を借りて色々抵抗したのでしょう)、1929年にムッソリーニがバチカンの主権を認め、警察などのサービスを提供するなど和解がされました。ここでバチカンは独立国となったのですが、その際、教皇領に対して莫大な「補償」がされたと言われています。

 ここでローマ教皇庁(バチカン)は莫大な運用資金を得たのです。そして、その資金を管理する「宗教事業協会」が1942年に設立されました。この協会はバチカンで唯一の収益事業をしているわけですが、その収支は全く公表されていません。

 さらに、その資金調達や運用の窓口として使われていたのが1896年にミラノに設立されたアンブロシアーノ銀行なのです。ここからいよいよ本題に入るのですが、長くなりましたので、続きは明日にします。

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